ボイトレの実例第5話
電車が所沢駅に着くと,先頭車両のドアから降りるのが、二人のルーティンとなっている。
下車してすぐのエスカレーターを上ると2階乗り換えロビー片隅に、ドトールコーヒーの店が手招きしている。
ここでゆっくりおしゃべりするのが、人生第4コーナーの回り道。今日はムシムシ天気なので、Bincoは冷たいオレンジジュース、Noriは熱いコーヒー。二人の会話を盗み聞きしてみよう。
B「ストローでジュース飲むの久しぶりよ。冷ややかな顔して浮かんでる氷君、気持ちよさそうね。何の悩みもなさそうね。ちょっと突っついてやろうっと。」
N「氷が浮くのは比重で説明できるけど、人間が脱力すると水に浮くのはどうしてだい?リキムと筋細胞が収縮して比重が増えるって事かな。」
B「私、人がぷかぷかしてたら傘の先で突っついてみるわ。たぶん悶えて沈むと思うわ。リキませて比重を増やしてやってるのよね。」
N「そうだね。人ってリキムと浮いてられないんだね。ボイトレもリキむと台無しだよね。あの氷君、ああ見えてゆうゆうたる自然体なんだよね。突っつかれても沈まないし、むしろジュースとじゃれ合って短い人生を楽しんでる。」
B「ストローで飲むジュース、一気に吸いすぎて少し戻しちゃったわ。」
N「それって発声練習そのものだぞ。吸ったジュースを脱力開放で戻すように、声帯膜に息を戻すと発声だよね。
ジュースが戻っても音が出ないのは、ストローのスキマが広すぎるせいだったり、ストロー材質が硬すぎるのも原因の一つだね。」
B「息だけで働きかけてる様子も、そう言えばボイトレに似てるわね。吸うとジュースが上がってくるのはどうしてなの?」
N「それは簡単。ストロー内が真空化してるせいだよね。
外気の1気圧より小さくなればなる程、ジュースの上昇スピードはアップするよね。ちなみに、1気圧の大気圧は海水10メートルの深さに匹敵するから、ビルの屋上から10メートルの長さのストローではジュースは飲めなくなるよ。」
B「そうすると息が弱い人はジュースを飲みにくいって事?」
N「その通り。気道の助けを借りて飲食するのはストロー方式だけ。
通常の飲食は食道だけでやってるよね。即ち、気道と食道の境目である声帯筋は、食事中しっかり閉じている。
この声帯筋が老化してスキマが出来始めると、誤嚥から肺炎に直行だぞ。ボイトレは老化防止をしながら融和を図るコミュニケーションの世界に招いてくれるぞ。」
B「台風の目とか竜巻は凄い力で何十メートルも吸い上げてるけど、中心はストロー状ね。
とんでもない力が出てるのね。逆に考えれば、私が吸い上げて飲んでいるジュースタイムは、コップの中のミニ嵐って訳ね。」
N「おっ!気が付いてきたね。ストロー径の大小は、息の流量・流速でコントロール出来るよね。身体内と言えども、息嵐の激しさは覚悟しなきゃね。
柔軟なストロー(背骨)の細さも風(息)に依存させるんだぞ。気道のスキマは細い程、呼吸はエコに傾いて行くからね。」
B「細いストロー内の液面を上下させるのが、発声につながるような気がしてきたわ。」
N「その調子!風神様・雷神様が起こす自然パワーの巨大さの前では、人間の呼吸パワーはあまりにも小さい。でもあの耳をつんざく雷鳴も、声帯膜の振動も、風の摩擦音である事に変わりない。
従ってボイトレは、身体内に息の作用だけで、ミニ自然現象を再現する事に他ならない。身体内では、身体の中心軸「背骨」がストローチューブの代用となるから、しっかり活用してね。」
B「息のエネルギー源は2ヶの肺でしょ?。肺呼吸のエネルギー源は何処なの?。」
N「いよいよ本丸を攻めてきたね。Bincoはまだ胸部筋肉呼吸が残っているよね。即ち呼吸のエネルギー源を胸部エリアに頼っている。これからは腹部筋肉エリアに依存する努力が必要だね。台風のエネルギー源が、はるか遠くにある南方の高い海水温に頼るのと似てるかな。」
B「それじゃ、胸部の意識を無くしてもいいわけ?。そんな事できる?。」
N「慣れるまではかなり難しいかもね。のども肺も熟睡させておいて、こっそり腹式呼吸で声を育ててやってる感じかな。そうやって自然界では風神様が風を起こし、雷神様が8ヶの太鼓を打ち鳴らして共鳴させている。身体内では、柔軟な腹部筋肉を活用して息を変化させ、声道が共鳴音を奏でている。自然に寄り添うボイトレの原点忘れないでね。」